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●元禄以前の食事とはどんなものか? 元禄以前までの食事とは、古くは縄文時代へさかのぼるわけで一がいには言えませんが、あえて言及するとしたら、いわゆる一汁一菜です。 日本では元来、「一人用の食膳」がもっぱらでした。古くは地面の上やむしろの上で食していましたが、やがて食器そのものに足をつけた「高杯(たかつき)」がうまれ、やがて平安時代にはつくえ、中世には折敷(おしき)、盤(後の盆)、箱膳と変化してきました。 この箱膳に据えられていたのが、旬の野菜・香の物・梅干・汁・飯などの椀だったそうです。中国やヨーロッパでは大皿料理が発達したことと比べて、日本でなぜこの「椀」が日本で発達したのか?というと、元来日本は火山国であり、土中に火山灰が多くてなかなか作物が実りにくかった為、食料が豊富になく、椀によそって水増しをするなどしていた為といわれます。 なぜ、「元禄以前の日本食」がマクガバンレポートなどで理想の食事とされているのか?というと、元禄時代に日本人の食生活が西洋化し、乱れ始めたからだといわれます。これに警鐘を鳴らしたのが、『養生訓』を記した貝原益幹です。また平安時代の公家なども魚などの豪勢な食べ物を食べていた為、かゆくて甲冑を着ることができないといったアトピーなどのアレルギー症状があったようです。 養生訓 抄訳 ⇒ http://home.att.ne.jp/theta/mo/you/index.html 原文 ⇒ http://www.nakamura-u.ac.jp/~library/lib_data/a01.html ●日本人の体を作った食物 このようになかなか作物が取れにくく、またたびたびの飢饉に見舞われても約1万年にわたって生き延びてきた昔の日本人の体は、諸外国の人間の体と比較してもとても吸収がよいといいます。日本人の腸の長さが9〜10mであるのに大使、中国人は約7m、欧米人は約5mといわれるように、少ししか食べなくても100%吸収できるような体になっているのです。 また諸外国の人と比べ、日本人は唾液が出るのに時間がかかる民族だといわれています。これは、もともと日本人が草や穀物を食べる民族であったため、噛んでいるうちに唾液がでるので早く出す必要がなかったから、といわれています。 江戸時代に天保の飢饉があったとき、幕府はこのように命令を下したといわれます。 「大豆・小豆・ささげは贅沢と思え。日ごろはふすま(小麦を粉にひいたあとに残る皮)に藁をまぜて食べろ」といったといいます。このふすまと藁は牛の食べ物です。また武士は戦のときは壁の藁や、芋の蔓を食べて生き延びたといわれています。 このような粗食で作った日本人の体は本当に強靭なものでした。 かつて武田信玄が甲府から静岡まで出兵した折に、兵は20kgの具足をつけ、朝7時に出発して片道40kmの道のりを歩いて戦をし、その足で甲府までまた引き返して夜11時に到着したといいます。これを1日日帰りで行ったというのです。また、昔人力車では江戸から日光までの約110kmを7時間半で移動した、といいます。穀物中心の粗食によって作られた日本人の体はものすごく強靭であったことが伺えます。 ●食の乱れ 明治に入って食が西洋化しはじめると、日本人は「すき焼き」や「どんぶり」などの西洋的食事を食べ始めるようになりました。この頃から、日本の兵隊は信玄時代の兵隊と比べて体力が格段に衰え、同じ20kgの荷物を持ち歩いていた兵隊がバタバタと倒れていく姿をみて、当時の医者 石塚左玄はこれはおかしいと感じたそうです。石塚氏は明治時代の陸軍少将であり、薬剤監もつとめあげ、夫婦アルカリ説、ナトリウム、カリウムのバランス論というかたちで西洋医学を超える食養医学の土台をつくり上げた方です。 さらに戦後、アメリカの占領下に置かれた日本では、アメリカ政府により砂糖と小麦のパン食が導入されました。当時栄養価が高いといって輸入・宣伝されたものですが、実はアメリカでの余剰作物であった作物の輸出先として日本に白羽の矢が当たった、という背景があるそうです。戦後の食生活には、肉・卵・乳製品などの動物性食品のみでなく、菓子やコーラなどの清涼飲料水をはじめとする砂糖、化学調味料といった西洋的食事が日本の中心食となったことは周知の事実です。 こうした食事に警笛を鳴らしつづけているのが、桜沢如一(マクロビオティックの祖)、九司道夫(アメリカ)、大森英櫻(日本)といったマクロビオティックを推進する人たちです。また医学的な立場から日本の食生活に大いなる警笛を投げかけている方々もたくさんいます。 ・41歳寿命説 西丸 震哉 ・病気にならない生き方 ほか 新谷 弘実 ・「白砂糖の害は恐ろしい―これを防ぐために」 長生きしたければ朝食は抜きなさい 少食の実行で世界は救われる ほか 甲田 光雄 ●伝統的な穀物菜食と将来の食糧難について 聞いたことがあるかもしれませんが、2008年には食糧難の時代がくるといわれています。人口の爆発的増加により、食料が不足するのです。一方で、ご存知のように肉や豚、鳥などを飼育するために何倍もの穀物を使っている為に、本来食べられるべき人が食べられなくなるという飢餓がすすんでいるというものです。 食はかつて他の生命を「いただきます」と頂戴し体を維持し、命をつないでいく為の行為でした。かつて日本人家庭の食事の場ではかならず神仏が同座されていると意識され、水戸黄門は農民の人形を食膳において食事ごとに飯粒をささげたといわれます。 このような神聖な食事という行為が、飽食と経済繁栄の裏側で「味と好みで食べるもの」に変化してしまい、コンビニ食・個食など食の趣味化・使い捨て化が広まりました。お金を出せばなんでも買える、なんでも食べられるという便利な一方で、食物に対する感謝の気持ちが麻痺してしまったように思います。 心の奥底で気になりながらも、流行や現状に甘んじてなかなか現状の食生活を変えることは難しいのが事実です。おそらく地球環境問題や食糧難の到来はそうした日本人の食生活を強制的に変えるという厳しい自然の流れなのだと思われます。 過去1万年間、先祖が築いてくれた日本人としての体に感謝しながら、今こそ日本人としての心の伝統を伝え、穀菜食へ見直し広めていくのが私達のとるべき道なのではないでしょうか。 |
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あわわ!新しい記事にコメントせず、以前の記事にコメントしてしまいました!すみません! |
かみひ 2006/11/28 11:43 |
食材の栄養成分の研究が進んだ結果、食べ物をビタミンやミネラル他、栄養素のカプセルのように捉えてしまうようになりました。 |
macrobi papa 2006/11/28 18:21 |
macrobi papaさんへ。なんだか同士がいるような気がして嬉しいです。今の状況をみていると、倫理道徳面などではなく、数年のうちにもっと大規模なニーズが高まる気がしています。そのときにみんなが右往左往せずにどうしたらいいかきちんとわかるよう、マクロビオティックの実践方法について声を大にして情報共有していきたいと思っています。 |
ゆう 2006/11/28 19:05 |
本来の日本人の顔がすくなくなって憂いる方々が多くなりましたね |
たまたま 2006/11/30 21:35 |
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